彼の音楽の最も単純な例は、世界各国の取材を受けた「Charts Music
*1」である。この作品はマイクロソフトの作曲支援ソフトSongsmithを用いて世界各国のリーマンショック時の不況のグラフを下降メロディーラインにする一方、後半は戦争を支援する団体に関するデータを上昇メロディーラインにすることで、強烈に「政治的主張」を行っている。典型的にクライドラーの個性が発揮されている。「マイナスボレロ」はラヴェルのボレロから主旋律を抜いただけのオーケストラ作品、「TT1」はベートーヴェンの交響曲全曲を一秒に圧縮した音源による作品、「Stockhausen 9/11 Sync」はシュトックハウゼンのルシフェル発言の物まね、など引用もクライドラーの脚色が加えられた形で盛り込まれる。ピアニカを体のあらゆる部位に押し付ける、あるいはピアノの仮想鍵盤へのダイビングを伴った音によるプロファイリング、人名を電子音響に変換するアルゴリズム、「伝統を破壊する」と絶叫してヴァイオリンやチェロを破壊するパフォーマンス、などなど旧来の音楽文化への批判もお笑いを伴った形で表現されることが多く、上演はかなりの形で爆笑や失笑と隣り合わせのパフォーマンスになっている。
彼の一応の集大成になったのは7時間かかる音楽劇「Audioguide
*2」で、あまりにも長すぎるために短縮版が製作されている。この作品は2014年までのクライドラーの「ネタ」が全部開陳された作品で、「休憩すら与えられないことがベスト」と本人は語る。政治、セックス
*3、フェミニズム、音楽業界、伝統、など多岐にわたる問題が接合されているものの、トリを務めたのは「メタル」と「ハウス」の紹介であった、ことでダルムシュタット夏季現代音楽講習会でヘヴィーメタルが体系的に紹介される予想外の結末までつけた。セリフが日常の語彙から意味を伴わないシラブルや哲学用語に急に移行することも多く、予備知識があればさらになお楽しめる構造の作品でもある。フクシマ、911など現実の社会問題に取材した瞬間も多い。GEMAに堂々と批判し、これに取材した作品があることも有名である。
1970年代までに掘りつくされた現代音楽の鉱脈のやり直し、という声もあるが、かつての現代音楽が「楽器と楽譜」で完結したのに対して、クライドラーの音楽は「デジタルデータとライブパフォーマンス」で完結したものになっている点が全く異なっている。これはダルムシュタット夏季現代音楽講習会のディレクターがトマス・シェファーに交代した瞬間にエレクトロニクスを伴う音楽の需要が激増したことや、オーケストラなどの大人数の音楽が後退したことと軌を一にしており、彼の音楽はドイツ新世代の傾向の一翼を担う存在になっている。自身の音楽言語による言説化も目立って多く、いくつかは書籍となって出版されている。日本でも小編成の作品は初演済みで世界初演者の中にドイツ在住の日本人を含むにもかかわらず、極端に政治的主張を含む大規模作品の上演は、アジア圏では上演されていない。旧世代の現代音楽の大家が目指した「音をよりよく聴くこと」から、若い世代による「データをよりよく選ぶこと」へドイツの現代音楽が脱皮した瞬間とも称されている。